《縄文神社》というコンセプトへ辿りつくきっかけをいただいた一冊~『原始の神社をもとめて』岡谷公二著(平凡社新書)

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東アジア文化圏の根底に流れるもの

沖縄が好きすぎて、毎年何度もおとずれ(コロナ以前はですが)、それでは足りなくなって、琉球民謡(登川流)を習っていたワタクシ。なぜかはよくわからないのですが、初めて那覇空港に降り立った時に、「身が馴染む~」と思ったんですよね。それ以来どはまりして今に至ります。そんな沖縄ラブな私に、絶対に面白いよ!と、この本を友人Sさんが勧めてくれたのですね(さすがSさん)。

東アジアの海民文化について、こんなにも魅力的に語り、示してくださる本はなかなかありません。本当に素晴らしい本です。

朝鮮半島の古層に眠る信仰世界、済州島に残る「堂(タン)」、琉球諸島の「御嶽(うたき)」……。そこには共通するものがあり、それは、関東に生まれ育った私にも、自然と覚えのあるものなのです。なぜ埼玉県生まれの私が、沖縄に魅かれて通わずにはいられないか。私の根源に眠る東アジア人としての何かが、引っ張られてるのかもなあと思いました。

そして済州島に行ってみたくてしかたなくなります。済州島は、現在は韓国ですが、15世紀までは耽羅(たんら)国という別の国でした。朝鮮語とは異なる耽羅語と文化を持つ人々が住んでおられた(る)そうなんですね。岡谷先生は済州島の古い信仰文化を象徴する「堂(たん)」を求めて歩き回っておられるんですが、それが本当に面白いんです。じつは、済州島旅行計画を立てていたのですが、コロナでかないませんでした。落ち着いたら、ぜひとも歩いてみたいと思っています。

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神社の起源について

そして後半に「第7章 神社をめぐるいくつかの問題1」という章があり、「神社の起源は縄文時代か」という見出しが……。

―――(前略)その神域内、あるいはその近くに古墳のある神社がおびただしい事実からして、神社と古墳との間に容易ならざる関係が存するのは明らかであり、神社の起源は古墳時代へと、左欄その先の弥生時代、そして縄文時代にまでさかのぼる可能性が出てくる。(引用)

この一文に釘付けに。「鬼石神社」の項目でもちょっと書きましたが、私が感じていた疑問について、岡谷先生が書いてくださっていたことで、おおおおお!?となりました。そして、ほかの研究者の先生方の論説も紹介されていたので、この素朴な疑問は、日本神道史の大家の先生方にも論じられるような、ちゃんとしたテーマだということを知ったのです。

そして、岡谷先生が本書で紹介されてた先生がたの本も読み進めたことで、一気に世界が広がりました。それから神社と縄文遺跡が重なっている場所を、《縄文神社》と呼ぶと決めるまでには、年数が経過しましたが、この本との出会いが、スタートだったなあと、つくづく……。ぜひ、皆さんにも本書をお手に取っていただけたらと思います。

   ***

ちなみに蛇足ですが。「神社の起源が縄文時代か」という問いかけについては、私は次のように考えています。

(1)「神社」が、今お祀りしている神様(~~ノミコトのような神様です)をお祀りするようになったタイミングを起源として語るのであれば、縄文時代までさかのぼることはできません。

(2)「神社」が、「その一帯で大切にし続けられている、祈りの場所」だという点にフォーカスした場合には、縄文時代までさかのぼることができる可能性があります(その地は神社だったりお寺だったりと…つまりは神仏習合で分かちがたかったりと、祭祀形態は時によって変化していきます)。

神社には、重層的な歴史があり、様々な意味が詰まっています。どの側面にフォーカスするかによって、見えてくるものが違いますね。私が《縄文神社》と呼ぶことにしたのは、(2)の意味でということになります。


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