湧水の名所・松本に鎮座する縄文神社「千鹿頭神社」(長野県松本市)

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日本列島の真ん中で…

松本市は長野県の中央に位置する都市で、フォッサマグナ(中央地溝帯)が形成する盆地に位置しています。フォッサマグナですからね。ざっくり言えば、この盆地の周辺の西側が西日本。東側が東日本だと思っていいわけですよね。日本列島でも最大級の境界線の地帯が、長野県だと考えると、改めてアツい……。日本の真ん中、中空、と言いますか。

今回ご紹介したい「千鹿頭(ちかとう)神社」 は、松本城がある市街地から東南方向にある千鹿頭山に鎮座しています。西方正面の地域(神田)、また北側の地域から遺跡が出土していますが、両方とも古墳時代が中心的なかんじです。しかし建築や耕作で掘ると、縄文土器や石器が出てくるそうなんですね。報告書では、縄文遺物(中期の土器片など)が出土しており、もっと深く掘ると縄文時代の遺構が出てくるのではないか…と推測されていました。

私は「だよなあ、出るよなあ」と思わずうなずきます。神田地区から見てみると、朝日が昇るあたりに千鹿頭山が位置しています。このような立地は縄文時代にも住みやすそうなシチュエーションです。千鹿頭山と太陽への信仰があったんじゃないかなあと思うのです。

実は千鹿頭神社境内(つまり千鹿頭山山頂周辺)で縄文遺跡が出ているかは確認できませんでした。しかし山麓に遺跡が出ている点からも、千鹿頭山は霊山として信仰されていた可能性は高いと思います。

縄文から霊山として信仰される山には、山頂付近から土器や石器などの遺物が出土することが多く、麓のほうに居住地があり、祭祀具などが出土することが多いんです。そんな経験から(全部そろってるとは言いづらいものの)、環境・シチュエーションも含めて、 千鹿頭神社は《縄文神社》だと考えたいと思います。

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オレンジ色の池と山と太陽

山と池の周辺は「千鹿頭山森林公園」として整備されていて、私が訪ねた時は朝7時ちょっと前でしたが、お散歩している方がぽつぽつといらっしゃいました。千鹿頭池は灌漑用ため池だそうで人口の池のようですが、この風景を目の前にして、私は思わず声を上げました。晴れやかで穏やかで、何て美しいんでしょう!

神田千鹿頭神社の鳥居。北東の林地区には林千鹿頭神社の鳥居がある。

地元の皆さんがとても気持ちよさそうに歩いておられるので、私も池の周りをぐるっと歩いてみました。鳥居の先が二手に分かれていて、右の方に行くと池周辺、左に行くと神社の先(まず)の宮のある山頂に至ります。

池の東岸から。このこんもりしたところに中世以前は本殿があったと伝わる

遊歩道を外れて、池のほとりに降りてみました。上の写真のこんもりと高く見える場所に、先の宮があります。この写真ではわかりにくいですが、池のほとりに小さな石祠があり、水神を祀っていました。

ぐるっと一周してから、先の宮へ向かいます。公園と言うと軽めに聞こえますけども、低山で短いですがちゃんとした山道です。自然な上下運動もできるし、お散歩もできる…。本当にいい公園ですね。いいなあ、この周辺にお住まいの皆さん…。

千鹿頭池と右手の住宅街が松本市神田地区。

山頂からの千鹿頭池です。オレンジ色の水が不思議。秋や冬の間は水量が減ることが多いので、こちらも春から冬にかけてはもっと水量があるんだろうと思います。そんな光景も見てみたいですね。

御祭神の千鹿頭大神は諏訪発祥の神様

千鹿頭神社にお祀りされているのは千鹿頭大神。「千鹿頭神」は諏訪土着の神・洩矢(もれや)神の御子神(孫神とも、諸説あり)とされる神様です。諏訪大社上社と強い関わりを持つ神であり、長野県だけでなく、山梨県、関東、南東北地方周辺にも関連の神社が鎮座しています。

先の宮。手前の四阿そばに礎石があり、中世まではそのあたりに本殿があったという。

諏訪発祥の信仰に登場する神(そしてその信仰)は実に多用です。千鹿頭神信仰のほか、天白信仰、ミシャクジ信仰などたくさんあります。いずれも古い神への記憶につながる信仰ですから、その神々をお祀りするお社は、太古から繋がる日本へのアクセスポイントです。

私が提唱する概念《縄文神社》と、重なる場所が多いのではないかな…というのが、私のシンプルな仮説でした。その取材のために、諏訪を中心に1週間余りウロウロしてきたのですが、そのご報告はまたあらためてと思います。本ページでは、掘りこんだお話はおいて置きまして、今は松本市の千鹿頭神社に戻りましょう。

「神田 千鹿頭神社」と「林 千鹿頭神社 」

先の宮から、尾根を歩いて10分ほどに本殿があります。さすが長野のお社ですね。境内の四隅には立派な御柱がそびえたっています。

千鹿頭神社拝殿正面から。拝殿も前後に二つあり。

上の写真に見える建物は拝殿。この奥に二つの本殿が、二つ並んで鎮座しています。

非常に珍しいと思いますが、その本殿にそれぞれ名前があり、向かって左を「林千鹿頭社」「神田千鹿頭神社」といいます。これは江戸時代に、千鹿頭山の尾根を境にして二つの藩の領土とされたことで起こった珍事のようです。

右が神田千鹿頭神社本殿、左が林千鹿頭神社本殿。

この「行政区分で神社の本殿を二つに分けて、それぞれの行政者が支配する」というシステム、信濃国二宮である「小野神社・矢彦神社」にも起こったことなのですが、他の地域では見たことがないですね。聖域を俗界の思惑で二つに分けるというのは、なかなか…。しかも明治以降にも統合されず、ずっと分けたままというのも不思議な気がします。ひょっとしたら二社に分かれてもあまり違和感がないと言ったような感覚があるんじゃないでしょうか。

本殿の奥にある後宮(かつては服神社(はてがみしゃ)といった)もしっかり二つ。

長野を歩いてますと、道祖神が多いことに気付きます。そして男神と女神が寄り添う「対」のスタイル(双体道祖神)が多いのが特徴です。このような神の姿は近世以降のものではありますが、その土地に伝わる文化の傾向を伝えているのではないかと思います。

境内のどこを歩いても、晴れやかで気持ちのいい場所です。「《縄文神社》には気持ちのいい風が吹く」と私はいつもお話するのですが、千鹿頭神社はまさにそうでした。

拝殿脇から市街地を遠望。冠雪した山はひょっとして乗鞍岳?!(興奮)

それぞれの本殿と後宮に参拝後、眼下の千鹿頭池、遠くにそびえる木曽山脈を見渡しました。池の向かいの住宅地(神田地区)を見て、「あの辺に縄文からずっと誰かしら暮らしているんだなあ」と思うと、しみじみとくるものがあります。

松本市っていいですね。今でも駅近くの住宅地にも湧水が湧いていて、独自の文化があり、豊かな自然に包まれてる……。こんな場所に暮らしたら、すごく気持ちが和らぐだろうな、と思いました。今暮らしている埼玉県もいい場所ですが、長野はやっぱりいいですね。

千鹿頭山は、春になると桜がたくさん咲いて、それはもうきれいなんだそうですよ。ぜひまた参拝したいと念願しています。

千鹿頭神社
基本情報:〒390-0822長野県松本市神田1丁目16−1
縄文情報:松本市立考古博物館(〒390-0823長野県松本市中山3738-1)
    *松本市内の考古資料をたっぷり見られます。エリ穴遺跡の出土物など圧巻!
     

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