鵲森宮と元四天王寺と物部氏

なかなかバタバタしてしまい、関西のご報告が遅れております。とりあえず、森の宮遺跡で出会った大阪の縄文神社「森之宮神社」こと「鵲森宮」について調べようとして、神社さんにいただいた由緒書きを眺めていました。


すると、聖徳太子が物部守屋との戦いでの勝利を祈願して、勝利したら四天王像を造りお祀りすると誓願するという、有名なくだりが登場。そして勝利した聖徳太子は「この森に元四天王寺を創建されたのです」とあります。

…ん?
あれ?
元四天王寺の話って、なんか、記憶が…

元四天王寺といえば、そこは物部氏の邸宅跡だったとかそういう話がなかったかと、遠い記憶が蘇ってきました。


そして、溶けかけていた記憶のシナプスがガシャーンとつながり、書庫からあわてて谷川先生の『四天王寺の鷹』を取り出してきましたよ。

そして副題を見て、秦氏のことも書いてあったんだっけかー!?と思い出しました。めちゃくちゃ忘れてました。


関西を巡っていると、物部氏にゆかりのある場所は、縄文神社が鎮座していることが在ったりするので、何とはなしに気になっていたのです。それと、空海さんの件も含め(母上が物部(支族)系と私は考えています)、これは読み直しておかないといけないものでした。

思い出してよかった。

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