不思議な境内配置と下り参道
群馬県南西部の富岡市に鎮座する一之宮貫前(ぬきさき)神社は、下り参道で有名なお社です。
蓬ヶ丘と呼ばれる高台の中腹に鎮座地が造成されているために、下り参道になっているのですが、平安時代の段階で、すでに現在地に鎮座していたことが発掘調査でわかっています。相当に大規模な造成工事が必要だったと思いますが、なぜそんなにも大変な工事をしてまで、この位置に社殿を置いたのでしょうか…?
その理由については、私なりに考察しておりますので、ぜひ本編をご覧いただけたらと思いますが、実はどうしても取材しきれずに、本編で触れられなかったことがあります。それは、貫前神社さんには、「二つの信仰線の交差点(中心点)にある」ということ。
貫前神社に交錯する東西南北、二つのライン
「一つの信仰線」については、今回触れることができました。西から東へ、「荒船山(→鏑川)→貫前神社」というラインで、それは、御祭神の「姫大神」が遷ってきた経路の神話で、今回の原稿での核としました。
そして実はもう一つあって、それが南北の「稲含山→貫前神社」というラインです。貫前神社の社殿正面には「雷神小窓」という不思議な窓があり、それが稲含山の方角を向いています。群馬県は雷が多くて、雷神にまつわる神話や伝承が多いですが、貫前神社でもその創建神話に「雷神」の気配が深く漂っているようです。
雷神にゆかりがあることはちょっと触れたんですが、稲含山に登ったこともなく情報に乏しかったため、稲含山ラインには触れずに筆を擱いてしまいました。
稲含山には貫前神社の摂社である「稲含神社(ご祭神は豊稲田姫命)」が鎮座し、また周辺からはヒスイ輝石もとれます。看過していいものではなかったのですが…(汗)
そんなわけでして、とびきり大きな課題がまだ残っておりますので、温かくなったら稲含山に登りに行って、こちらで続報をアップしたいと思っております。
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『縄文神社 関東甲信篇』(双葉社刊)に詳細を掲載しています!!
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