新巡礼は群馬県からスタートします!

妙義神社
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千葉県から群馬県へという自然な流れ

無事『縄文神社~首都圏篇~』が刊行できましたので、新たな巡礼の旅をスタートさせました。次なる探索の地は、群馬県です!!

コロナの件がまだまだ予断を許さない状況ですので、まずは自分の車で行けるところへ…ということもあります。しかしもう一つ理由があるんです。それは、首都圏篇は「千葉県」で終わっているんですが、実は本の構成、割と取材の順序ママでして、千葉県の海を目の前に、一度区切りがついた感じなのですね。そして、海を目の前にした時に、自然と「群馬県」へと思考が飛んだのです。

なぜ群馬なのか。

実は千葉県からは、群馬県との交易の痕跡がたくさん発見されています。縄文海進時の地図を見たら、群馬県まで海が入りこんでますから、船を自由に操ることができた房総の人たちにとって、群馬はさほど遠くなかったのかもしれません。

駒ケ崎神社から望む太平洋

安房神社の海側に鎮座している、駒ケ崎神社の洞窟遺跡から出土したと伝わる石棒は、群馬県西部~埼玉県北西部付近で採れる石(緑泥片岩)で制作されたものですし、お隣県で、同じく太平洋岸に接する鹿島神宮(茨城県)摂社付近の遺跡から出土している巨大な石棒も緑泥片岩製で、おそらく同じような場所から運ばれてきたものです。なぜか巨大な石棒は、産地に近い埼玉県からよりも、房総半島などの外海に接しているエリアから出土している気がします。これだけ巨大で重いものをわざわざ運んでくるということは、おそらく祭祀に必要な呪具だったんでしょうね。

駒ケ崎神社の石棒も、鹿島の石棒も実に素晴らしいものです。また、緑泥片岩が産出するエリアは私にとってもなじみ深い場所ということもあり、新しいスタートは、やはり群馬からだな、と思ったのです。

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場所に自分の心身が馴染むと見えてくるもの

新しい国(県)をリサーチするためには、まずは「式内社」を中心に、周辺に遺跡がないかをリサーチします。これが最初の一歩。

土地(地形)への感性が自分の中にまだできていなので、アタリを付ける必要があるんですね。その時に、平安時代に朝廷に認識されていた神社である「式内社」は、最初の柱になります。

式内社をポイントとして、遺跡の有無、周辺の歴史や地形を確認していきます。そして市販の資料や、埋蔵文化財センターなどの資料室に通って、報告書などを読んでみて、何となくイメージを作り、そしてとりあえず、身を土地になじませるために、式内社と周辺の神社、博物館、資料館に行ってみるのです。

群馬の名峰妙義山遠望

6月に入ってから資料にあたりだして、先週から時間を見つけては、群馬に通い出しました。とにかく最初は、何度かお詣りしたことのある「一之宮貫前神社」(富岡市)を封切りに、周辺の神社や遺跡、資料館を回り始めましたが、やはり首都圏では、感じたことのない雰囲気がありますね!

参考になるのは、秩父盆地でトレースした時の感覚かなと思います。いまは式内社を核として、とにかく名峰と遺跡と遥拝ポイントを意識して当たりをつけていますが、まだまだ体が馴染んでいません。

これまでも、最初は何となくぎこちないというか、スムーズじゃないんですけども、場所の波長と自分のリズムがあってくると、けっこういい感じで、いろんなものをキャッチできるようになるんですよね。私はそれを「土地に自分が馴染む」と表現してるんですが、今はまだそれを作ってる感じです。

そんなこんなで本ページでは、これからの巡礼の様子もご紹介していきますね。考察するには不十分かもしれませんが、生っぽい情報を掲載していけたらと思っております。お付き合いくださいね~!

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