とっておきの安らぎ聖地「金鑚神社」(埼玉県児玉郡神川町)

金鑚神社社殿エリアへの橋。正面に見えるのは神楽殿で、拝殿は右手にある。
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心が安らぐ御山の聖地

埼玉県北部、群馬県との県境近くに鎮座する金鑚(かなさな)神社は、大好きなお社です。子どもの頃はもちろん、大人になってからも年に数回はお詣りする神社で、気もちを整理したいとき、リラックスしたいときには、行きたくなってしまう場所。私にとってとっておきの安らぎ聖地なのです。

そんなお馴染みな場所ではありますが、改めて《縄文神社》の視点を頭にセットしてみたらどうだろう?と思い立ち、再訪しました。金鑚神社が鎮座する「児玉郡神川町」は埼玉県北部にありまして、この周辺は、県内でも古くから栄えた場所で、遺跡がたくさんあることは知っていました。ただ印象としては、古墳時代の印象が強いのです。というのも、埼玉県下で古墳が最も多いのが児玉郡。神川町は特に多く、270基の古墳が確認されていて、現在88基が残っているそうなのです。

そのため、栄えていたことはわかっていましたが、何となく弥生時代以降かな~と思っていました。しかしやっぱり、縄文時代にもこのあたりは栄えていたことがわかりました。調べてみると、金鑚神社の境内ではないのですが、その手前の丘陵部には、縄文時代の集落遺跡(池田遺跡、早期)が発見されているのです。

金鑚神社は御獄山(標高343.4メートル)に鎮座していて、ご神体は、社殿後背に位置する「御室山」と、鏡石という巨石。本殿はなく拝殿のみの古い様式で、よく大神神社と一緒に、古い様式をそのままに伝えるお社として紹介されます。

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根源の地・元森神社

そして古式ゆかしいのは、境内配置だけじゃありません。

実は、その本殿エリア手前の山麓に、「元森神社」という小さなお社があり、元々の鎮座地であったそうで、この場所は「御室山」を「遥拝」する地点であったようです。遥拝というのは、山を遠くから見て拝礼する方法のことですが、実際に登る「登拝」よりも、古い様式ではないだろうか?と私は考えているのです。

現在でも、金鑚神社の氏子さんたちは、祭礼の日にこの元森神社に集合して、「山ほめ神事」を行うそうなんですね。「ほめたたえる」というのも、古式ゆかしい神祀りの方法です。『日本の神々』(谷川健一編)によると、

「カナサナの御山はよいお山、アラ美しい山、アラ木の生い茂る山」

こんなふうに唱えてかしわ手を打ち、御室山を拝するんだそうです。まさに古式ゆかしい神事ですね。

元森神社

元森神社は車道のすぐ側にあるので、まさかここに金鑚神社の根源に関わるような場所があるなんて、と、意外に感じます。そして小さな境内のお社ですが、大きなウロのある御神木が寄り添うように佇んでいて、いい雰囲気です。車が通っているのに、ざわざわした感じがしないんです。明るくて、温かい空気感が漂っています。

しかし実は、元森神社の在る地点から御嶽山を遥拝しようとすると、ちょっと見えにくい。車道の真ん中からだと見えるんじゃないかな…、と思いながらキョロキョロしていると、少し離れているものの遥拝しやすそうな高台がありました。この高台というのが、池田遺跡が出土している場所なんですよね。

おそらくは、太古からこのエリアには聖山への信仰があり、見えやすい高台に祈りの場所も含めた集落が造られたということではないでしょうか。

縄文神社的オススメルート

縄文神社な角度で、金鑚神社に参詣する場合には、オススメの順序があります。

まず、一番最初に元森神社にお詣り。ここで「縄文の人々」のことを想像し、自分が縄文の人だったらどう感じるかなあ、と考えてみます。私はこういう精神状態を、「縄文マインド」と呼んでいます。

縄文マインドで見てみると、元森神社の鎮座する場所は、群馬県の方へと抜ける山間の道沿いにあります。そして、ちょっとわかりにくいのですが、元森神社の小さな社叢に接して川が流れており、この小川の水源が、金鑚神社の神域なのです。つまり、水源に詣でるような心もちを作ると、ここで縄文マインドセット完了。

そして、そのルート上にある金鑚大師こと普照寺さんにお詣りします。普照寺さんは、明治までは、現在の金鑚神社を奥院として祀りしていた天台宗の名刹です。1400年あまりこの地域の守護をされてきたお寺さんですからね。こちらにもご挨拶せねばですよ。それから、いよいよ金鑚神社へ。そして、拝殿でご挨拶、山道を登って鏡石、奥宮を目指します。奥宮にお詣りしてから今度は、ご神体・御室山の裏手にある御嶽山山頂へ。

だいたいこのルートは、お休みを入れながら歩いて2時間半くらい。山登り自体は1時間程度ですから、運動靴さえ履いていたら、問題なく歩けるルートだと思います。

畏れ多い気持ちマシマシ

ところで、今回ちょっと意外な心境になりました。というのも、縄文マインドをセットして歩いてみたら、今まで大好きだった奥宮の磐座にたどり着いた時、はっとなったんです。これってつまり、私、ご神体である磐座の上に乗っちゃってるんじゃないの?!と。

奥宮

奥宮があるのは、御嶽山の峰の一つの頂上で、見晴らしがよくて最高なんです。解放されるような気持ちになって、大好きな場所だったのですが、そう思ったとたん、急に居心地が悪くなってしまいました。きわめて素晴らしい場所に変わりはないのですが、私のマインドが変化したということですね。こういうのは、けっこう縄文的な感覚なんじゃないかと思います。

神山への信仰には、登る(登拝)、遠くからお祈りする(遥拝)方法がありますが、この時には「遥拝でも、十分に感動する」と思ったんです。一般人にとっての古い信仰の方法は、遥拝がメインだったとおもうのですが、「御神体を踏んでしまうのは不遜ではないか」と感じる心境からではないかと、私も改めて実感したんだと思います。

縄文時代の人々も、同じように感じたんじゃないかと想像します。畏れ多いと思う心、ありがたい気持ちは、遠くからでも十分湧き出てくるんですよね。

そう思えた私も、聖山のような大いなるものに対しての感度が、ちょっとだけ鋭くなった、と言えるのかもしれません。

金鑚神社
基本情報:埼玉県児玉郡神川町字二ノ宮 751
縄文情報:譲原石器時代住居跡(金鑚神社神社から車で15分ほど)
近くの縄文神社:鬼石神社(車で10分ほど)

コメント

  1. […] 鬼石神社基本情報:群馬県藤岡市鬼石町721縄文情報:譲原石器時代住居跡(鬼石神社から車で5分ほど)近くの縄文神社:金鑚(かなさな)神社(鬼石神社から車で10分ほど) […]

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